北浦百景 【新世紀ながと創造ネットワーク会議】

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長門ふるさと検定


※長門ふるさと検定テキストよりランダムに10問出題。

※制限時間5分。

※7問以上正解で合格。
設問.1 昭和39年からカラーテレビが普及しましたが、長門・大津は県内向けの番組も視聴できませんでした。この難視聴を解消するため、無人電波中継所を建設した山はどこでしょう。 
(1).雨乞山
(2).草添山
(3).矢ヶ浦山  
 
設問.2 旧満福寺の本尊と言い伝えられている木造観世音菩薩立像(しょうかんぜおんぼさつりゅうぞう)は、何世紀ごろの作といわれているでしょう。
(1).10世紀頃
(2).11世紀
(3).12世紀頃  
 
設問.3 大正13年3月号の『赤い鳥』には弟の上山正祐(うえやままさすけ)が北原白秋の詩に作曲し、推奨となっています。何という作品でしょう。
(1).「田螺(たにし)」
(2).「てんと虫」
(3).「金の鈴」  
 
設問.4 日置の利生山永福寺(りしょうざんえいふくじ)の石塔婆(せきとうば)は、年代のわかる石造物としては、山口県内で何番目に古いでしょう。
(1).1番目
(2).2番目
(3).3番目  
 
設問.5 子供念仏会は誰が実施したでしょう。
(1).法岸上人
(2).法洲上人
(3).法道上人  
 
設問.6 西圓寺には、江戸時代に法道上人が建てた「法蔵」がありましたが、当時内外の書籍がいくらあったでしょう。
(1).1冊
(2).2万冊
(3).3万冊  
 
設問.7 上利家の古文書はいつ頃の時期の文書が一番古いでしょう。
(1).室町時代
(2).江戸時代
(3).南北朝時代  
 
設問.8 青海島が離れ島となったわけを語る長門の昔ばなしに登場しないのは何でしょう。
(1).猿
(2).黒牛
(3).海がめ  
 
設問.9 明治8年(1875年)大津郡の人口調べです。当時は三隅、通、仙崎、深川、俵山、日置、菱海、宇津賀、向津具の村です。一番人口の多い村はどこでしょうか。
(1).三隅
(2).深川
(3).日置  
 
設問.10 かつて北浦の地に訪れて歌を詠み、没後に人びとが徳をしのんで霊を社に祀ったという万葉の歌人はだれでしょう。
(1).柿本人麻呂
(2).山上憶良
(3).大伴家持  
 


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